| 私たちの服づくりがスタートした当初、そもそものきっかけを作ってくれたのが、ある腕のいいジャワ人の仕立て屋でした。こんなに気持ちのいいシャツをバリで縫えるなんてとびっくりして。バリといえば布は良くても仕立は滅茶苦茶な、しかしめっぽう安い服ばかりに見なれていましたので。この人ジャワ人ですがその仕立のセンスを認められて大忙しのテーラーでした。シャツはある友人のデザイナーが量産向けのサンプルとして発注したもの。白いコットンで、何ともないデザインの気持ち良さそうなシャツ。
その仕立て屋は後日もっとたくさんの注文を受けるようになってだんだん品質もあやしくなってしまったのですが、私の中ではバリという今やリゾートの代名詞みたいな観光地でもちゃんとした服ができる、ということが忘れられませんでした。
試行錯誤というか紆余曲折というか。
とにかく1年だけでもやってみようとウブッドの片隅に借りたちいさなスペースで、ジャワ人、スマトラ人、バリ人、仕立経験者の人たちを募っての服づくりをスタート。でも、経験のある人ほど「最初はいいけど段々自己流」になっていく。縫いはじめて何枚目かまではいいけれど段々仕事が荒っぽくなってしまうのです。ステッチも巾もバラバラ、衿のかたちもいろいろ。でも、これがバリでは普通なんです。1枚ずつニュアンスが違うというのはいいけれど「安く、早く」と端折った仕事いうのは違うなぁ。それだと1回洗っただけでヨレヨレになってしまう。あのシンプルな白いシャツのサンプルのような素敵な仕上がりはまぼろしの存在。かくして経験者は3ヶ月もすれば来なくなる。
マニスバリスタジオの2年目。
経験者がダメなら初心者を、と高校を出たばかりの女の子に入ってもらうことに。手でちくちく縫うようなお手伝いに参加してもらいました。電気もないような田舎で育っても手で覚える仕事はめきめき上達する。確かにとてもゆっくりとしか進みません(1枚の服にそれこそ何日も何日もかかってしまって…)。でも、思いのほか上品に仕上がるのです。布の性質に合せてきっちり縫う、ふんわり縫う、ゆるゆるに縫う、などの加減ができる。ミシンでは到底行き着かない雰囲気がうまれる手仕事。当初は日本の生地やバリで買えるものを使っていたのですが、だったらもっといろいろな「手織り布」にと、アジア各地の手織物を集めては縫ってみるという仕事が徐々にはじまりました。
バリの人は不均一性についてこう言う。
「つくったら自然とそうなった」。反面、他の人がつくったものに「これは曲がっているから使いにくい」。そうそう。だから、曲がっているものをまっすぐに見えるように加工することってかなりの忍耐力がいるんです。手織り布とは、まさにそれ。切って仕立てるところまで考えて織るなんてことはまずないでしょう。そういうものをアドリブ好きなバリの人たちに突き付けるというのはかなり辛かったはず。でもしつこくその価値観を曲げずにいたら、今5年経ってバリスタジオでは皆「曲がっていてもまっすぐに」が常識になりました。何だか思いもしなかったことですが彼女達は非常に上達して、ミシン縫いでも素材のムードに合わせた縫い方ができるようになってきています。高校を出たばかりのカデ(一番最初の手縫いスタッフ)がべそをかきながら残業して、ミシンを踏んで、でも、できるようになりました。どんどん上達して自信もついて。これ、マニスのいちばんの財産です。
たくさんのひとが分業してつくる工場生産の服。
かたやひとりの人が1枚ずつ仕上がり具合を確かめつつ縫う作業の方はセンスも問われます。1枚ずつコンディションが違う布を裁断して1枚ずつ仕立てると確かにばらつきが出てしまいます。けれど、適度なバランスというのが自然な仕上がりにつながったりもする。もちろん、品質的にアウトなものは縫い直しです。服1枚ずつに誰が縫ったか、誰がボタンをつけたかを記録して問題があったら同じ人に直してもらう。これもかなり厳しいやり方なので心配しましたが、責任感の大切さを分かってほしくて。センスのいい人の方が早いし正確。でも、遅くてよく間違える人が前向きに「あっ、また〜! ごめんなさい」って一生懸命直してくれるのもすごく嬉しい。そうして苦労して出来上がった服もまたいい、と思います。
当初2,3人しかいなかった制作スタッフ8年目を迎え20人に。
今年2月にはもっと広々と効率良く使える仕事場を新設しました。手仕事から覚えた縫い物をミシンでできるようになるまで2年、そのミシンの要領が方が身につくまで2年かかります。現在、裁断と品質チェック2人、ミシン部8人、見習い手仕事部7人です。量産工場なら1日にひとりでのべ3枚、4枚のシャツが縫えると思いますが、マニスでは20人で1週間20枚ちょっと。月曜から土曜まで、朝8時から夕方5時までみっちりと働きます。
かたや宗教行事や村のコミュニティに忙しいバリの女性達。
こんなに拘束してばかりはいられません。これから先は子育てやら近所つき合いやらにもゆとりを持ってもらえるように少しずつ工夫していけたらいいなと思っている今日この頃。今のマニスはあのジャワ人の縫ったシャツのレベルはとっくに超えているかもしれないなと思う。あの頃から考えたらこれは奇跡かもしれないけれど、この技術をずっと続けていけるにはどうしたらいいかを考えているのも今です。
2008年9月 たかはしみき
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